オーナーの奥方の到着とあって、みなで少し遅めではあるが昼食に出掛けるらしい。4人が揃い、車を止めた場所までやってくると、真っ赤なアルファロメオがその横に停まっている。ミラノからやってきたダルメシアンは、自分の主人(奥方)の到着に大はしゃぎ、彼女から離れようとせず、すでにジュリエッタの助手席に座り込んでいる。
「お前は向こうに乗って!」とオーナーが言うものだから、あまり話したことのない奥方と、邪魔者め、というような目つきでわたしのことを睨みつける愛犬の間に割り込むことになる。こっちはひとり後にいるので勝手にやってくれ、という感じでたまに飛んでくる奥方の質問に応えるばかり。
海沿いにあるレストランへ行くよ、と自分に向けられた彼女の言葉に、日本の海水浴場を思い浮べる。イタリアの海をまったく知らないのでそれも当然であろう。崖の上に聳えるオシャレな佇まい、あるいは海沿いであればおおよそどこにでもあるような“海の家”だろうか。
車は農道からは抜け出せたものの、蛇行する舗装道をまだまだしばらく進む。海に行く、と言われていたがその海が中々見えてこないのだ。ずっと山道を走っているばかりである。
整地されていない草ぼうぼうの空き地らしいところで車は停まる。我々のあとをついてきたもう一台も横に並び、「ここ、らしくないけれど駐車場なんだ、しかも有料の。あそこにおばちゃんがいるだろ、彼女が主」とオーナー。おばちゃんというよりおばあちゃんの風貌だが、掘っ立て小屋の前にズドンと腰掛けている。見渡すと広い区画の至るところに車が停められていて、しかし不思議なことにどこにも海は見えない。
おばちゃんにリラ札を渡すと手書きの領収書のようなものを受け取ったオーナーが「さあ、ここから下っていくぞ」と一言。水平線すら見えていない山の上から下るなんて考えも及ばぬことである。何よりかなり空腹である。朝、ミラノを出発して水、そしてコーヒーしか飲んでいない。まったく見えない海を目指す不安はありながら、歩きはじめた一同につづくしかない。
駐車場を出てしばらく行くと、〔海水浴場入口〕と書かれた看板があり、車も通れるほどの舗装道が長く奥までつづいている。車で下ればいいのに、と問うと、ここからは許可車しか入れないとそれを記した看板を指さす奥方。それによるとバスの運行もあるらしく、1時間に小型の有料バス2便が上下往復しているという。しかし「15分も歩けば目的地、しかも下り」とオーナーの一声に異論を唱えるものはなく、舗装された道とは異なる紛れもない獣道を下ることになる。
獣道という字面に相応しく、こんなところ歩けるのか、というような植物の生い茂る土と岩ばかりが混じりあった山道を慎重に下りていく。足を滑らせないようにとところどころにある樹の幹だけが頼りだ。
「海が見えてきた」と前方からの声が届く。気を張りながらもそれを聞いた途端にどれどれ、と足が進む。そして視界の開ける瞬間。アドリア海、果てしなく広がる水平線を前にしばし空腹を忘れている。
堂満尚樹(音楽ライター)
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